イタリア北部ヴィチェンツァ県で、70歳の男性が「50年以上にわたり全盲と偽り、100万ユーロ超(約1億6千万円)を不正受給していた」として、検察に国家詐欺罪で訴追された。
References:Oddity Central
現地の財務警察(Guardia di Finanza)が2カ月以上の尾行とビデオ撮影で“視覚を使った日常行動”を多数記録し、給付の即時停止と税務調査が実施された──というのが各紙の骨子だ。
事案の概要:1972年からの“全盲”が、2025年に崩れた
報道によれば、男性は1972年の労災事故を契機に「完全失明(cecità assoluta)」としてINPS(年金機構)やINAIL(労災保険)から年金・同伴手当などの支給を受けてきた。
ところが今年、財務警察が市場で果物を目視で選ぶ、現金精算を問題なくこなす、庭木の剪定(危険工具の使用)といった様子をビデオで確認。
検察は国家詐欺で起訴手続きに入り、給付を直ちに停止した。
なお英語圏メディアの要約では、「53年間に及ぶ不正受給」「総額100万ユーロ超」が繰り返し示され、当局は直近5年分について約20万ユーロの課税措置も実施したとされる。
どう見抜いたのか:財務警察の“地味で強い”クロスチェック
- データ突合(cross-check)
年金・労災・地方福祉など複数制度のデータ照合で異常を抽出。
ヴィチェンツァ県司令部が“違和感”を掴み、実地監視に移行した。 - 現場観察+映像化
2カ月強の尾行で、単独移動・買い物・園芸作業など“視覚依存性の高い行為”を反復撮影。
証拠の可視化が、検察の立件に直結した。 - 即応:支給停止と税務措置
給付の即時停止に加え、直近5年分の不当利得に相当する課税で回収を図る“二段構え”。
超長期案件ゆえ全額回収は困難でも、抑止力として機能する。
なぜ半世紀も通ったのか:制度設計の「穴」を読む
認定の初期バイアスと“更新頻度”
男性は若年の労災事故を起点に“完全失明”の認定を得たとされる。
初期診断の権威性が強く、更新審査の間隔が長い場合、サンプル検査(抜き打ち)が機能しにくい。
縦割りと紙の壁
年金・労災・地方給付の所管が分かれると、横断的な不正兆候が見えにくい。
デジタル化と相互参照の推進は進んだが、過去のレガシー案件ほど“取りこぼし”が出やすい。
今回の事件は、横串のデータ照合が“半世紀の見逃し”を断ち切った例だ。
現場監視のコスト
“本当に見えているか”の立証には現場観察と映像が不可欠だが、人員コストが高い。
機械的なスクリーニング→重点監視というリスクベース運用が、今後の標準となる。
イタリアで繰り返される“偽の失明”:過去事例から
イタリアでは、過去にも“偽の失明”が問題化してきた。
たとえばシチリアの大規模不正受給網の摘発(2020年)や、運転して逮捕された“盲人”など、検察・財務警察の潜入・隠し撮りで立件に至ったケースが複数ある。
今回のヴィチェンツァ事案は、持続年数と総額の点で際立つ。
それでも“冤罪”防止は不可欠:本当に見えない人を守るために
障害給付は権利保障の中核であり、厳格化一辺倒は本来の受給者の萎縮を招く。
制度信頼を高めるには、次の二本柱が要る。
- スマート監査
データ連携(年金・医療・納税)+AIによる異常検知で、高リスク案件のみ実地監視へ。
人的コストを集中投下する。 - 説明責任の透明化
更新審査の基準・頻度・不利益処分の手続を明確化。
異議申立ての動線を太くし、正当受給者の不安を抑える。
日本に引き寄せる:他山の石としての“検証の三層”
日本でも障害年金・労災・自治体独自給付が並立する。
今回の事件は次の三層で参考になる。
A. データ横串
所管の異なる制度情報を定期的にクロスチェックする運用。
マイナンバー連携の実装が進む今こそ、「給付×医療×税」の定期監査ループを制度化したい。
B. 行動データの“最小限の可視化”
プライバシーを守りつつ、給付継続の更新時に限定した行動評価(例:同行評価、補助具の使用歴、通院実績)をチェックリスト化。
濫用を防ぎ、恣意性を下げる。
C. AIと人手の“二段構え”
AIで確率の高い“異常”を炙り出し、人が最終判断。
偽陽性を抑え、冤罪防止と抑止効果の両立を図る。
メディアが果たした役割:可視化が世論を動かす
ヴィチェンツァ事案では、「市場で商品を見比べる」「庭木を正確に剪定する」といった映像の説得力が、制度改善への圧力となった。
地元紙が“53年・100万ユーロ”のショックを繰り返し報じ、検証体制の強化という合意を後押ししている。
まとめ
- 事実関係:1972年から半世紀超、全盲を装って100万ユーロ超を不正受給。財務警察が映像証拠で崩し、給付停止と課税へ。
- 教訓:初期認定の重み/縦割り/監視コストが重なると、長期の見逃しが起きる。
- 処方箋:データ連携とAIで“絞り込み”→実地検証で決定打。同時に冤罪防止のルールを強化し、本来受給者の権利を守る。
制度は「疑う」ためだけにあるのではない。疑われる余地を減らす設計と、疑われたときに救われる仕組みを、同時に整えること。
ヴィチェンツァの“53年”は、その両方を迫っている。



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