ブラジルのニュースサイト O Segredo が「学校時代の屈辱に対する“50年越しの復讐”で元同級生を殺害した男の事件」を再紹介し、SNSで話題になっています。
References:O Segredo
取り上げられたのは、2012年に米サウスダコタ州マディソンで起きたカール・V・エリクソン(当時73)によるノーマン・ジョンソン(同72)射殺事件。
同記事では、いまも議論を呼ぶ“長期の恨み”と心理的外傷への示唆を強調しています。
事件自体は新規の出来事ではなく、過去の凶悪事件が2025年に再バズした、という位置づけです。
事件の概要
2012年1月31日夜、マディソンの住宅でジョンソン氏が玄関口で銃撃され死亡。
容疑者エリクソンは逮捕後、「50年以上前の高校時代の出来事が動機」と供述しました。
米主要メディアは、被害者宅のドアベルを押して本人確認をしたうえで至近距離から発砲した経緯を詳報し、町は衝撃に包まれました。
審理の結果、エリクソンは「心神耗弱ではないが精神障害を伴う有罪(Guilty But Mentally Ill, GBMI)」として第2級殺人で終身刑。
南ダコタ州では第2級殺人は原則終身刑(実質仮釈なし)が科され、治療は刑務所内または州の治療施設を経由して実施されます。
当時の報道や法廷資料によれば、動機として語られたのは高校ロッカールームでの“屈辱的ないたずら”(運動部用具を頭に被せられ、笑い者にされたとされる一件)でした。
半世紀を超えて燃え続けた怨恨が、退職後の静かな町で突発的な致死暴力へ転化した稀有なケースとして記憶されています。
重要ポイント:この事件は2012年の確定事件であり、2025年に初発の新犯罪が起きたわけではありません。最近の話題化は過去事件の再流通です。
何が“人々の心に刺さる”のか——長期恨嗟の心理
1)羞恥(シャーム)記憶の長期固定
若年期の公的な辱めは自己物語の核に残りやすく、人生移行(引退・喪失・健康不安)を機に再活性化することがあります。
羞恥は怒りと結びつくと「被害—加害の反転」を促し、加害の自己正当化に燃料を供給します。
2)「永年の正義」の誘惑
年月が積もるほど“正義の取り立て”は道徳的に自己強化されます。
“あれは本当に許されるべきではなかった”という再評価が、現実の選択(暴力)を歪めます。
3)社会的孤立と確認バイアス
孤立は反証のチャンネル(友人・家族・地域の自浄的対話)を減らし、出来事の単線化(恨みの物語だけが肥大)を招きます。
高齢期の喪失体験(地位・役割・健康)も、過去の屈辱に絶対的な意味を与えがちです。
GBMI(精神障害有罪)と終身刑
米国の一部州にはGBMIという評決があり、刑事責任能力は認めつつ、治療を受けるべき精神障害があると判断された場合に適用されます。
本件の南ダコタ州では第2級殺人=終身刑が原則。
心神喪失(無罪)と完全責任(通常有罪)の中間に位置づけられるGBMIは、責任と治療の両立を狙う仕組みですが、量刑自体は厳格です。
“再バズ”の作法——古い凶悪事件を今語る時に
A. 事実とレトリックの分離
今回の拡散の中心はブラジル圏メディアの再紹介と、SNSショート動画の“短尺再編集”でした。
「50年待って復讐」「驚愕の執念」という見出しは感情の導線としては強力ですが、出来事の新旧・地域・法的帰結を曖昧にします。
まずは一次期の米報道(当時の現地紙・全国紙・放送)で時系列と量刑を確認するのが鉄則です。
B. 被害者実名とコミュニティ
ジョンソン氏は長年の教員・コーチで、町に深く根を下ろしていました。
被害者の人生を“事件の記号”でのみ語らない——これは再報道・再共有の最低限の配慮です。
C. 動機の“物語化”に注意
ロッカールームのいたずらは動機の一部として語られましたが、それ単独ですべてを説明できるわけではない。
アルコール問題や抑うつなど複合要因が示唆されており、単因論的な“いじめ→復讐”物語は現実の複雑さを削ぎます。
私たちが学ぶべき“予防”の発想
1)若年の屈辱を“早期に言語化して処理”する場
学校・部活動・地域スポーツは、加害のつもりのない「笑い」が深刻な羞恥になりやすい場です。
第三者が介入できる相談ルートと、謝罪・修復の儀礼を整備しましょう。
「覚えていない側の無自覚」こそ、のちの社会的爆発の火種になり得ます。
2)高齢期の孤立を“関係の再接続”でほぐす
地域の同窓・同業コミュニティや高齢者サロンは、一人の物語の暴走を抑止する安全弁になります。
“昔のわだかまり”は対話の場とファシリテーションがあれば軟着陸しやすい。
怒りのトンネリング(視野狭窄)を防ぐ仕組み作りが要です。
3)メディア・リテラシー:再拡散のチカラを良い方向へ
再バズのたびに一次報道のリンクや量刑・判決要旨をセットで共有する癖をつける。
「感情先行の見出し+端的動画」に、文脈の“骨”を付けるのは、受け手である私たちの仕事でもあります。
事件の位置づけ——“希少だが教訓性の高い”暴力
この事件は統計的に稀です。
多くの「いじめ被害者」は、復讐殺人者にはならない。
しかし、稀だからこそ象徴としての吸引力は強く、教訓は普遍です。
1) 羞恥の早期修復
2) 孤立の緩和
3) 再拡散時の事実検証
——この三点セットは、過去を燃料にした暴力の再演を防ぐ社会の免疫になります。
まとめ
- 何が起きたか:2012年、南ダコタ州で元同級生に対する“50年越しの怨恨”殺人が発生。
被告はGBMIにより第2級殺人で終身刑。 - なぜ話題に:2025年、ブラジル圏メディアとSNSが“長期の復讐”物語として再紹介し拡散。
- どこを見るか:動機を単因論化せず、被害者の人生と共同体、法と治療の位置づけまで含めて読む。
事実に骨を通し、未処理の羞恥や恨みを関係の力で解く――その設計が、私たちの社会を少しだけ安全にします。



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