事件の概要
2025年7月、京都市左京区役所で生活保護の申請に来庁した女性に対し、職員が「資産確認」の一環として財布の中身を確認していたことが、10月20日に判明しました。
References:共同通信
市によると資産申告は必要だが、財布を開けさせて現金を直接確認する規定はないとして、関与した職員らに注意喚起。
事案は9月に関係者からの連絡で把握→調査という流れで、強要は確認されていないとしています。
市は他の類似事案は確認していないと説明しました。
同趣旨の報は神戸新聞社の配信でも確認でき、事実関係の骨子は一致しています。
どこが問題なのか
「資産調査」の必要性とやってよい範囲
生活保護は資力調査(資産・収入・扶養状況)が不可欠ですが、窓口で財布を実見する行為は、法令や標準的な運用ガイドに明記された手順ではありません。
三重県内自治体でも「財布の中身を見せる」慣行を見直す動きが報じられており、自己申告+後日の書面・通帳等で確認するのが適正という指摘が強まっています。
「申請権」の観点——水際作戦への懸念
生活保護は申請意思を示せば受理され、審査へ進む権利(申請権)がある制度です。
これを阻害する窓口規制や不必要な萎縮を招く手続は、長年「水際作戦」として批判されてきました。
申請書の不交付や過剰な条件付けは違法とする法曹界の見解は一貫しており、厚労省も改善を促す通知や資料を重ねています。
財布の実見要求は受理妨害に直結しないまでも、威圧的・屈辱的と受け取られ、結果的に申請をためらわせるリスクが高い——これが最大の問題です。
「扶養照会」運用の潮流とも同根
親族に援助の可否を尋ねる“扶養照会”も、DV・虐待・長期断絶などでは控えるよう2021年に運用改善が図られました。
目的は申請者の尊厳を守り、萎縮要因を減らすこと。
財布の実見という過剰確認も、同じ発想で見直しが妥当だと言えます。
現場が抱える本音と構造
窓口職員の本音としては、
①不正受給の未然防止
②即時の資力把握による迅速な要否判定
③事後確認の手間回避
があるでしょう。
他方で、財布の現金は常に変動し、実在資産の核心(預貯金・有価証券・不動産・車両)は別途資料で確認するしかありません。
効果は限定的なのに心理的コストが高い手段だからこそ、制度としての合理性が乏しいのです。
実務家からも「労多くして益なし」「運用の差が大きい」とする分析が出ており、標準化・可視化が要点になります。
どう変えるべきか:萎縮させない資産調査の設計図
- 自己申告を起点に
申請時は自己申告(現金・口座・資産明細)+確認書類の提出計画を記入。
「当日ないものは後日提出」を明文化し、受理と調査を分離します。 - 確認手段の優先順位
通帳写し・残高証明・金融機関照会など客観的・再現性のある証憑を優先。
財布実見は原則行わない運用をマニュアル化。 - チェックリストの公開
必要書類・標準フロー・問い合わせ先を庁内掲示とWebで常時公開。
窓口の恣意性を排し、誰が対応しても同じに。 - 「威圧になり得る問い」の言い換え集
聞き方で印象は激変します。
「いま財布にいくら?」ではなく、「当面の生活費で手元にある現金の概算と、確認できる書類の日程を教えてください」。 - 監査と研修
録音・録画の可否ポリシー、クレーム時の第三者同席、定期的なケースレビューを設け、“やってはいけない再現性”を潰します。 - 可視化KPI
受理率、受理から決定までの所要日数、申請撤回率、再提出率を自治体サイトで月次公表。
透明性が水際的運用の抑止力になります。
申請する側の実務アドバイス
- 記録を残す:
来庁日時・対応者・説明内容をメモ。
録音の可否は自治体ポリシーを確認。 - 「受理してください」を明確に:
申請書の交付・受理は権利。
書式が無くても、意思表示で申請は成立します。
後日の提出計画を書面で残しましょう。 - 必要書類は段取り勝負:
通帳コピー、残高証明、賃貸契約、公共料金、保険証など所在と取得方法を整理。 - 扶養照会の配慮事項は遠慮なく申告:
DV・虐待、長期断絶、借金問題など照会を控える事情は書面で。
2021年の運用改善に沿った対応を求められます。 - 困ったら専門窓口へ:
弁護士会の相談、NPO、自治体の生活困窮者自立支援窓口に早めに連絡。
京都市の今回の対応は最低限の一歩
京都市は「誤解を招く行為」として注意喚起を行い、他の同様事案は確認なしと説明しました。
まずは事実の切り分けと再発防止に動いた点は評価できますが、個別注意にとどまると属人的運用が温存されがちです。
標準化(マニュアル明記)と外部への可視化(KPI公開)まで踏み込んでこそ、萎縮なき申請と適正な資力調査が両立します。
まとめ:尊厳を守ることは、制度を守ること
生活保護は、最後のセーフティネットであると同時に、厳格な審査が必要な制度です。
だからこそ、“威圧の近道”を選ばず、“検証の正道”で確認することが、利用者の尊厳と公金の適正を同時に守ります。
京都市の事案は、全国の自治体にとって他人事ではありません。
財布の実見を前提にしない資産確認フロー、扶養照会の配慮運用、KPIの公開。
この三点セットを仕組みとして実装するとき、はじめて「水際」から「伴走」へと窓口文化は変わります。
可視化されたルールと、敬意ある言葉の選び方。
その両輪が、救われるべき人を確実に救い、同時に制度への信頼を高める最短経路です。



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