1812年のロシア遠征からの退却で壊滅的被害を出したナポレオン軍。
その死因をめぐっては長く「発疹チフス(シラミ媒介)や塹壕熱が主因」と語られてきました。
ところが最新の古代DNA(aDNA)解析が、リトアニア・ヴィリニュスの集団墓から見つかった13名の歯のメタゲノムを調べ、サルモネラ・エンテリカ(パラチフス)とボレリア・レクリンテンシス(シラミ媒介の回帰熱)の遺伝子断片を同定。
従来像を塗り替える決定的手がかりが提示されました。
References:ars TECHNICA
報道の要点
- どこで何を分析?
2001年に発掘されたヴィリニュスの集団墓から、ナポレオン軍兵士とされる13名の歯髄を採取。
バイアスの少ないショットガン・メタゲノミクスで微生物DNAを網羅的に探索し、パラチフス(Salmonella enterica)と回帰熱(Borrelia recurrentis)の痕跡を検出。 - “チフスと塹壕熱”の定説は?
過去研究は発疹チフス(Rickettsia prowazekii)や塹壕熱(Bartonella quintana)の関与を示唆してきましたが、今回は検出優先度が逆転。
退却軍を蝕んだ多病因の一角としてパラチフス/回帰熱が台頭しました。 - 歴史的意味
極寒・飢餓・疲弊・シラミ蔓延に加え、食品・飲料水汚染や劣悪な衛生環境が腸管系病原体の拡大を許した可能性。
複合要因が大敗を決定づけた像がさらに濃くなりました。
研究の中身:なぜ「歯」から病原体が分かるのか
兵士の歯髄(デンタルパルプ)は、血流に乗って循環した全身性感染のDNAが封じ込められやすく、死後200年超でも微小断片として残ることがあります。
今回のチームはクリーンルームでの抽出、損傷パターン(末端のシトシン脱アミノ化)による真正性判定、環境由来の混入除去といった標準手順を踏み、配列のミスマッチ分布から古代由来である可能性を裏づけました。
先行段階では14種ほどの病原候補が挙がったものの、統計的な強度とDNA損傷指標でパラチフス/回帰熱が有力と結論づけています。
意外な二つが浮上した理由
- 方法論の進歩
従来の「狙い撃ちPCR」や限られたパネル検査では先入観に沿った病原体(たとえば発疹チフス)に偏りがちでした。
メタゲノムは網羅的に読むため、想定外の微生物を拾えるのが強みです。 - 衛生・補給の破綻
退却線上では水・食料の汚染が慢性化。
腸管感染(パラチフス)やシラミ蔓延下の回帰熱が免疫低下した兵士に致命的だったと考えられます。
寒さ・飢餓・疲労と重なり致死率が跳ね上がる典型的な条件です。 - “チフス一本槍”からの脱却
発疹チフスの重要性は否定できないにせよ、一因に還元できない多病因モデルが説得力を増しました。
歴史叙述の単線化を避ける好例と言えるでしょう。
歴史像はどう変わる?——総力戦としての疫学
- 軍事史への示唆:
数十万規模の大軍を運用する際、衛生・補給・気象は戦略級の要因です。
今回の結果は、「ロシアの冬」だけでなく“微生物の連合軍”が退却を壊滅させたことを強く補強します。 - “もし衝突がなかったら”の再考:
病原体が兵站崩壊を加速し、戦線離脱と死亡を積み上げた。
戦術の巧拙だけでは説明できない負のフィードバックが働いたとみるのが妥当です。
先行研究との整合:本当に「チフスはなかった」のか?
今回の分析はサンプル数13と小規模で、時期・場所にも限定があります。
過去には発疹チフス/塹壕熱の痕跡を報告した研究もあり、地域・時点で病原体構成が変動していた可能性は高い。
“どこでもパラチフス・回帰熱だった”と一般化するのは早計です。
むしろ複数の流行が重ね書きされ、退却ルートの各ポイントで主因が異なる——そう読むのが現実的でしょう。
古代DNA研究の作法と限界
- 真正性判定:
DNA断片の短さと末端損傷を統計で評価。
現代汚染を弾く工程が生命線です。 - バイアス:
歯髄は血行性の全身感染を拾いやすい一方、局所感染や腸管内限局は検出感度が下がる。
陰性=不存在ではありません。 - サンプルサイズ:
n=13は流行全体の代表ではない。
次は他地域の墓地や異なる時期の標本へ拡張する必要があります。
現代への示唆:戦場と災害で反復する条件
今回の病原コンボ(水系のパラチフス+シラミ媒介の回帰熱)は、衛生崩壊・過密・低温という条件の下でいまも再現し得ます。
難民キャンプや長期停電・断水といった現代の危機でも、
・安全な飲料水供給・下水管理
・ベクター(シラミ)対策と清潔資材の配布
・抗菌薬アクセスと重症トリアージ
が最小限のディフェンスになります。
歴史の検死は現在の実務に通じるのです。
まとめ
- ヴィリニュスの集団墓から得た13名の歯の古代DNAが、パラチフス(S. enterica)と回帰熱(B. recurrentis)の関与を強く示した。
“発疹チフス一強”の通説を補正し、多病因の複合災害として1812年の退却を捉え直す材料となる。 - 方法論の進歩(網羅的メタゲノミクス)が想定外の病原体を可視化。
歴史研究における生命科学の役割がさらに拡大した。 - 限界は小標本・地点偏り。
他地域・他期の検体での再現確認が不可欠だが、“微生物が歴史を動かす”という視点は確かな重みを得た。



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