「この一年、あっという間だった」。そんな実感に、脳科学から新しい説明が提示されました。
2025年10月21日にLive Scienceが紹介した研究は、私たちの脳が年齢とともに“出来事(イベント)を区切るペース”を落とし、結果として同じ8分でも出来事の数が少なく記録されることを示唆します。
References:Live Science
これは主観的な時間の短縮=“時間が速く過ぎる感覚”の鍵かもしれません。
報道の要点
- 対象データ:
英国Cam-CANの脳画像データベース。
18〜88歳の577人が『アルフレッド・ヒッチコック・プレゼンツ』のエピソード「Bang! You’re Dead」を8分視聴している最中のfMRI。 - 解析手法:
Greedy State Boundary Search(GSBS)というアルゴリズムで、脳活動が安定している「状態」とその切り替わり(境界)を時間方向に抽出。 - 主な結果:
高齢になるほど状態の切り替わり頻度が低く、1つの状態が長く続く。
脳が同じ時間内に刻む「出来事」数が少ないため、主観的には時間が短く感じられる可能性がある。 - 発表:
査読誌Communications Biology(2025年9月30日掲載)。
Live Science記事は2025年10月21日に公開。
研究の中身の詳細
研究チームは、視聴中の脳全体を多数の“小領域(サーチライト)”に分け、各領域で「状態がどこで切り替わるか」をGSBSで推定しました。
結果は、視覚皮質や腹内側前頭前野などで年齢とともに状態が長くなる=“時間方向の分解能”が粗くなることを示します。
これを著者らは“時間的デ・ディファレンシエーション(temporal dedifferentiation)”と呼び、加齢で神経表現が専門化を失いがちになるという既知の知見(神経デ・ディファレンシエーション)と整合的だと述べています。
この「出来事の区切りが減る→時間が短く感じる」という枠組みは、“出来事が多いほど時間は長く感じられる”という古典的な発想(アリストテレス以来の考え)とも噛み合います。
先行研究と整合性
- GSBSと自然視聴:
映画や物語の視聴中、脳活動は“状態”としてまとまり、境界で切り替わります。
GSBSはその境界をデータ駆動で同定する方法として、近年の研究で妥当性が積み上がっています。 - 加齢と境界応答の低下:
海馬や後部内側ネットワークは出来事の境界で活動が高まりますが、その反応性は高齢者で低下する、とする報告が既に存在します。
今回の“状態が長くなる”という所見は、境界処理の弱まりという流れに自然に接続します。 - 感情・注意の影響:
時間知覚は感情や注意資源にも左右され、加齢はそれらの影響の受け方も変えます。
今回の結果は基盤的な神経時系列の粗視化を示す一方で、情動・注意の変化が上乗せされうることも忘れてはいけません。
「比率」仮説との関係
報道では、年齢が上がるほど一年が“人生全体に占める比率”として小さくなる(内部時間は対数的に縮む)という見方にも触れています。
今回の神経所見は、この比率仮説を否定するものではなく、脳内処理の粒度が粗くなることで、“出来事の少なさ”と“比率の縮み”が二重に主観時間を短くするという併存モデルを示唆します。
私たちの生活にとって何を意味するか
研究の共著者は「新しいことを学ぶ、旅に出る、意味のある活動や人との交流」が、回想の中の時間密度を高め、主観的な時間を“ふっくら”させる可能性を挙げています。
単調なルーティンが続くほど出来事の境界は立ちにくく、記憶に“節目”が作られません。
新奇性(novelty)と注意の配分が、脳の“イベント刻み”を増やすスイッチになる、と捉えるとわかりやすいでしょう。
具体的なヒント
- 一日一新:
通勤路を変える、初めてのカフェ、未経験のレシピなど、小さな新奇性を毎日1つ。 - “節目”をデザイン:
週に一度、非連続な活動(遠出、展覧会、ライブ、ワークショップ)を入れ、記憶に太い境界を刻む。 - 注意の濃度を上げる:
ながら作業を減らし、一つの体験に没入。
写真・メモ・日記で出来事のタグ化を。 - 社会的なつながり:
意味づけを強める会話・共同体験は、出来事の記憶化を助けます。
注意点と限界
- 相関>因果:
今回の解析は既存データの二次分析。
“状態が長いこと”が主観時間を速めるという仮説は強く示唆されるものの、因果の実証にはさらなる実験設計が必要です。 - 自然視聴データの一般化:
映画視聴という条件が、日常の多様な体験全てにそのまま当てはまるとは限りません。
課題、感情、動機づけなどの要因も統御しきれません。 - 個人差の大きさ:
加齢以外にも、注意力・健康状態・気分などが“境界の立ちやすさ”に影響します。
まとめ
年齢が上がるほど脳内の“イベント刻み”が粗くなる(状態が長い=切り替わりが少ない)という所見は、「時間が速く過ぎる」感覚の神経学的な手がかりを与えます。
この枠組みは、出来事の数が主観時間を伸縮させるという古典的な考えとも一致し、“人生に占める比率の縮み”という心理学的説明とも矛盾しません。
新奇性・没入・社会的意味を日常に組み込むことは、主観時間の“密度”を増やす実践的な手段になり得ます。



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