「ほっかほっか亭」初代ロゴの考案者ほぼ特定か——Nスタ取材で浮上した85歳職人と創業者証言の交点

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お弁当チェーン「ほっかほっか亭」の“手書き風”ロゴの作者探しが、SNS発の企業公式呼びかけをきっかけに一気に進展しました。

TBS「Nスタ」の取材で、長野県上田市の蕎麦職人・大西利光さん(85)が名乗りを上げ、創業者・田渕道行氏も「覚えている」と証言。

半世紀前の企業アイデンティティをめぐる“記憶”と“記録”のズレが、いま可視化されています。

本稿では報道の要点と、商標・ブランディングの観点から見える深掘りポイントを整理します。

何が起きたのか

発端は、ほっかほっか亭総本部がX(旧Twitter)で「この書体をデザイン・制作した人を探しています」と情報提供を呼びかけたこと。

投稿は大きな反響を呼び、閲覧数は数千万規模に達したと報じられました。

背景には、2026年に創業50年を迎える節目に向け、象徴的なロゴの来歴をきちんと記録したいという意図があったとみられます。

TBS「Nスタ」取材班は「小学生時代の隣人が『俺が書いた』と言っていた」というディレクターの証言を手掛かりに長野県上田市へ。

蕎麦店「おお西」を営む大西利光さん(85)に直撃したところ、「私が書いた」と明言し、当時の制作過程の再現まで行いました。

大西さんの証言——湯気を主体にした文字と色指定

大西さんは「創業者の田渕さんから、ロゴと色のデザインを頼まれた」と説明。

温かい弁当の“湯気”を発想の核に据え、筆致で立ち上がるニュアンスを字形に込めたと語りました。

色については、当時“地味め”が主流だった食品店看板に対し、洋菓子店のように目立つ赤と黄色を選択したという具体的な回想も示しています。

筆での“再現”も行い、既存ロゴとの類似が確認できる映像が放送されています。

さらに「デザイン料は約30万円」「1号店の周辺状況(団地の向かいの一軒家、周りは田んぼ)を把握している」といった、当時者ならではのディテールも提示。

証言の信ぴょう性を補強する“状況証拠”として扱われました。

会社側の回答——「資料が明確に残っていない」

一方、ほっかほっか亭側は「創業者がすでに事業から勇退しており、当時のロゴに関する資料が明確に残っていないため、事実確認の術がない」と回答。

企業として公式に“作者確定”とまでは言い切らない、慎重な姿勢を示しました。

創業者・田渕道行氏の言及——「依頼したのではないかと思う」

「Nスタ」は創業者・田渕氏にも取材。

氏は大西さんについて「覚えている」「50年ほど前のことで不確かだが、依頼したのではないかと思う」とコメント。

取材側は「ほぼ大西さんと考える」としつつ、最終確定には踏み込まない報じ方で、バランスを取っています。

背景知識:ほっかほっか亭の創業とロゴの重み

ほっかほっか亭の前身は1976年田渕道行氏らによる草加市の持ち帰り弁当店

78年に法人化し、80年代に一気にフランチャイズで拡大していきます。

筆致の“湯気”赤×黄の配色を伴う初期ロゴは、低価格・出来立て・庶民的というブランド連想を象徴する資産として定着。

今回の“作者探し”は、急拡大期のブランド創成を担った匿名の手仕事を掘り起こす営みとも言えます。

なぜ「作者不詳」になり得るのか——記憶と記録の空白

1970〜80年代の成長企業では、看板・チラシ・内装書き文字を“腕の立つ人”に短納期で依頼することが珍しくありませんでした。

著作者人格権や契約書式への意識が薄く、支払い後の原稿・版下・ネガなどが散逸しやすい

組織が拡大・再編される過程で当時の担当者も入れ替わり、「誰に頼んだのか」を示す一次資料が残っていない——今回の企業側コメントは、そうした“企業アーカイブの断絶”を示唆します。

知財の観点:作者確定=権利移転ではない

ロゴは通常、商標登録(出願・更新)によって事業者が独占的に使用します。

今回のように“作者”が判明しても、商標権者が企業である限り、ビジネス上の使用権は企業に帰属するのが原則です。

むしろ重要なのは、来歴の明確化によってブランド・ストーリーテリングが強化される点

50年史の節目に“誰がどう考え、なぜこの形と色になったのか”を語れること自体が、再認知とファン形成の資産になります(※本節は一般的な制度解説)。

一方で、筆文字など“美術性”の強い意匠は著作権の保護対象になり得ます。

企業と制作者が当時どのような契約(譲渡/利用許諾)を交わしていたか——資料がない場合でも、現行の商標実務に影響が出ない形で“顕彰”を行う落としどころが現実的です。

湯気というコンセプトが強い理由

大西さんが語った“湯気を主体にした文字”は、温度感・出来立て感・和の手仕事感を、視覚的な起筆・払いや字間の呼吸で伝える優秀なコンセプトです。

赤×黄の配色は遠視性・食欲喚起・屋外看板での視認性に優れ、郊外ロードサイドでFCが増殖する80年代の文脈に合致

こうした“機能的審美”は、日本の量販外食のサイン計画と親和性が高く、半世紀を経ても古びにくい理由になっています。

先行報道と時系列の整理

10月8日:企業公式がXで作者情報の提供を呼びかけ、大反響(閲覧約3,100万)。
11月7日:TBS「Nスタ」が大西さん直撃と創業者取材を放送・配信。

この短期間で“集合知→現地確認→創業者証言”まで到達したスピード感は、SNS時代の企業アーカイブ更新の新しいモデルケースと言えるでしょう。

今後の焦点

  1. 一次資料の探索
    当時の請求書、色見本、版下、写真、社内日報などの“紙の痕跡”を社外も含めて捜索。

  2. 顕彰のあり方
    公式年史・特設ページ・店舗内サインでのストーリー化(“湯気の書”の誕生秘話)。

  3. 派生資産の整備
    ロゴのベクターデータ、最小使用サイズ、禁則・余白規定などCIの現代化。

  4. 地域の関与
    上田市の店舗・商工会・観光と連携した“作者の街”物語の観光資源化。

  5. 法務・広報連携
    商標・著作権の整理と、作者本人・遺族への敬意ある情報公開の設計。

まとめ

“誰が書いたのか”は単なるトリビアではありません。

ブランドの核に宿る「なぜこの形なのか」を言語化し、社外の記憶と社内の記録を結び直す作業です。

Nスタの報道は、大西さんの具体的な筆致や当時の配色の意図、そして創業者の記憶を束ね、「ほぼこの人だ」と感じさせる説得力を生みました。

最終確定には資料裏付けが要るものの、50年史の節目にふさわしい“企業考古学”の好例として、今後の続報に注目したいところです。

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