OpenAIのサム・アルトマンCEOが「2028年までに“正真正銘のAI研究者(legitimate AI researcher)”を実現できる」と語っています(以下掲載記事参照)。
仮に「正真正銘のAI研究者」が実現し、論文・データ探索から仮説生成、実験設計、コード実装、可視化、ドラフト執筆までを半自律で回せるようになったら——研究と知的労働の地図は大きく塗り替わります。
本稿は、奪われる仕事/残る・伸びる仕事/キャリアと組織の再設計を実務目線で整理します。
1) そのAIは何をどこまでやるのか
- 探索:
巨大な文献・特許・コード・実験ログを横断し、関連仮説・手法・失敗例まで抽出。 - 仮説生成と計画:
既知の前提を組み替え、反事実や境界条件を含む複数案を提示。 - 実装と実験:
環境構築、データ前処理、ベンチマーク、計測、統計検定、可視化。 - ドラフト作成:
方法・結果・限界・今後の課題まで、査読を想定した原稿と資材を出力。 - 自己点検:
再現スクリプト、乱数種、依存関係、データ来歴(プロベナンス)を整備。
つまり「ジュニア〜中堅研究者の反復作業」の大半を肩代わりしうる。
2) 奪われやすい仕事(置き換え圧が高い領域)
- 定型化した文献サーベイ
既存のレビュー論文やサーベイの焼き直し、検索語を少し変えただけの資料作成などは高速自動化へ。 - 実験パイプラインの実装・運用
再現実験、前処理、ベースライン比較、可視化の下流工程はAIとCI/CDが常時回す。 - テクニカルライティングの草稿
手法・設定・結果の記述、図表の標準化、査読レスの素案などテンプレ依存部分はAIが先に書く。 - 調査報告・競合比較の一次ユース
「主要指標・表の横並び」「保守的な結論」のレベルならほぼ自動生成。 - 検証の“作業”部分
ユニットテスト、バックテスト、パラメタ走査など人がやる理由が薄い繰り返しは移管される。
3) 残る・伸びる仕事(人にしか担えない中核)
- 問題設定(Problem Framing)
“何を解くのが価値か”“何を捨てるか”を決めるのは現実の制約と利害調整を知る人間。 - 研究倫理・安全・責任設計
被験者保護、差別・偏見、安全率、失敗時の責任、公開範囲の線引きは価値判断の領域。 - 実験の妥当性・外部妥当性の吟味
現場文脈で本当に効くか、測定できていない副作用は何か——野性味のある批判的思考が要る。 - 異分野統合(システム設計)
データ、モデル、装置、法規、コスト、UXを一つの製品・制度に束ねる統合力。 - ステークホルダーとの合意形成
社内外の政治性とコンプライアンスを踏まえ、落とし所を作る交渉。 - 物理世界の観察・現地知
実験室・工場・市場・コミュニティでの“違和感の発見”はAIが最も苦手。
4) 職種別インパクトの具体像
- 学術・研究機関:
学部生〜ポスドクの作業負荷が軽減。
代わりにテーマ設計と資金調達、共同研究の編成力が評価軸に。
PIはプロデューサー化。 - 製薬・バイオ:
標的探索・候補化合物の絞り込み、計算毒性・相互作用予測はAI中核。
治験設計、規制当局対応、ファーマコビジランスは人の領域。 - 材料・製造:
条件探索・シミュレーションが自動化。
スケールアップ、設備制約、安全認証、サプライ連携は人主導。 - 金融・経済分析:
データパイプライン・バックテストはAI常時運転。
マクロ前提とリスクシナリオ、説明責任の設計は人。 - ソフトウェア:
テスト生成、リグレッション、コード移植の自動化が進む。
要件定義とアーキ設計、SLO/SLAの合意が核。 - メディア・コンサル:
一次サーベイ・ドラフトはAI、取材・仮説検証・決裁への“語り”は人。
5) 人の働き方アップデート:明日から変える5点
- “問い”の型を持つ
目的・制約・評価指標・失敗条件・倫理境界をプロンプト化して、AIに反復投入。 - RAGとツール連携の司令塔になる
検索・計算・実機・データベース・社内APIのオーケストレーションを習慣化。 - 再現性のプロトコル化
データ来歴、乱数種、依存関係、テストをテンプレで管理。
“見せられる仕事”に。 - 可視化=意思決定の武器
図表の比較可能性(スケール・凡例・単位)を統一し、“次に決めること”へすぐ繋ぐ。 - 境界の言語化
「この結論はどこまで有効か」「何を前提にしているか」を最後に必ず書く。
6) 組織側の再設計:評価・体制・ガバナンス
- 評価指標(Evals)の再定義:
正答率だけでなく、出典忠実性、再現性、意思決定の短縮効果、リスク回避をKPI化。 - “AI×人”の編成:
AI=常時稼働のインターン、人=設計・監督という役割で少数精鋭のチーム設計。 - 責任の所在:
AIの提案経由でも、承認者が最終責任。
ログと版管理は必須。 - データ衛生:
合成データへの過度依存でモデルが劣化しないよう、人間起点データの定期補給をルール化。
7) キャリア戦略:スキルの形をπ型からM型へ
- T型(専門×横断)からπ型(二専門)を経て、M型(専門×データ×プロトコル×合意形成)の4脚で立つ。
- 必須科目:統計・因果推論の基礎、データプロベナンス、実験計画法、プロンプト設計、ガバナンス文書の書式。
- 作品集(ポートフォリオ)はコードと結果だけでなく、判断ログ・反証・限界を含めて提出する時代へ。
8) リスク管理:過信も過小評価も危険
- 過信の罠:
ハルシネーションやサプライチェーンの暗黙前提を見落とし、綺麗な嘘に乗る危険。 - 過小評価の罠:
AIを“賢い検索”に矮小化し、設計・運用を人が抱え込みすぎてスケールしない。 - 対策:
二段出力(答え→自己点検)、多視点の合議、第三者レビュー、監査ログで“速度と安全”の両輪を回す。
9) 3年スパンの行動計画(個人向け)
- 0〜6か月:
プロンプトの型/再現性テンプレ/可視化規格を自分の作業標準にする。 - 6〜18か月:
RAG・関数呼び出し・自動実験(Auto-ML/Auto-bench)を社内データで運用。 - 18〜36か月:
問題設定・合意形成の領域で成果物(提案・仕様・KPI)を公開可能な形に。
“意思決定の短縮”を数字で語る。
結論:奪われるのは作業、残るのは判断と関係
「AI研究者」が登場しても、仕事がゼロになるわけではない。
消えるのは反復作業であり、残るのは何を解くかを決める力、他者と合意を作る力、現場の違和感を言語化する力だ。
これから求められるのは、AIを“常時稼働の共同研究者”として扱う設計と、再現性と責任の文化。
問いを磨き、境界を示し、合意を編む——この3点を自分の仕事の中心に据え直した人から、次の時代の“不可欠”になっていく。




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