1973年ごろに作られた「UNIX 第4版(V4)」と書かれた9トラック磁気テープが、ユタ大学の倉庫から見つかりました。
References:The Register
研究者らは米・マウンテンビューのコンピュータ歴史博物館(CHM)でデータ復旧を試みる計画。
もし中身が本物なら、「カーネルが初めてC言語で書かれたUNIX」の唯一の完全コピーが半世紀ぶりに甦る可能性があります。
発見経緯、歴史的価値、救出手順、公開の見通しまで整理します。
何が起きたのか
11月7日(UTC)、ユタ大学のRobert Ricci教授がMastodonで「Bell LabsからのUNIX V4(1973年頃)と記されたテープを倉庫整理で発見」と投稿。
ラベルの手書きは同大の故Jay Lepreau教授のものとされ、テープはCHMへ自動車で搬送し、現地で読み出しを試みるとのこと。
The Registerは、V4の完全な実物コピーは他に知られていない可能性を指摘しています。
加えて、その後の調査で、このテープはユタ・ティーポットで知られるMartin Newell氏(元ユタ大)宛てにAT&Tから受領されたものらしい、との手掛かりも浮上。
USENIXの「UNIX News」(1975年7月30日号)の記録を根拠に示しています。
なぜV4は特別なのか(歴史的意義)
- “C言語化”の出発点:
V4はカーネル(と一部ユーティリティ)のC言語実装が本格化した最初期の版。
これにより移植性が飛躍し、のちのV5/V6/V7、そしてBSD・System系へとつながる「UNIXの増殖」を加速させました。 - 1973年11月版という節目:
V4は1973年11月に位置づけられ、PDP-11/45を主対象に設計。ファイルシステムの細部変更など、後世に引き継がれる土台が整っていきます。
現存資料は長らく乏しく、第4版プログラマーズ・マニュアル(1973年11月)や、V4へ至るひとつ前のカーネル系統(nsys)のソース断片が主でした。
完全な配布テープ像が復元されれば、初期UNIXの発展経路が点から線へつながります。
どこから来たテープか(ユタ大学とティーポットの縁)
テープの受領者として浮上したMartin Newellは、CG史に残る「ユタ・ティーポット」の作者。
ユタ大学はARPANET最初期ノードのひとつで、OS・CG・ネットワーク研究の拠点でした。
そんな環境にBell Labsから届いたV4テープが、半世紀を経て学内の倉庫から出てきた――という文脈は、UNIX史とユタ校の関係を象徴します。
どう救い出すのか(CHM × Bitsavers のアナログ読取)
テープは3M製1200フィート、9トラックと見られます。
CHMのアーカイブ担当Al Kossow氏は、再生ヘッドのアナログ信号を多チャネルADCで高速サンプリング→ソフトでビット復元する手法を予定。
Len Shustek氏のreadtape(オープンソース)を用い、物理劣化で通常ドライブが読めないテープでも復元可能性を高めます。
この方法は「ドライブ側のしきい値回路を避け、生波形からデータを再構成」するのが要点。
NRZI/PE/GCRといった昔の記録方式にも対応し、数十GB級の波形ログを解析して.tap等のイメージに焼き直します。
CHMはこの手法で50年モノのテープからの復元実績を積み上げており、本件も優先度高で取り組むとしています。
公開できるのか
2002年、Caldera(現Xinuos系権利)が16ビットUNIX(第1~7版)と32Vのソース等をリベラルに再配布可能とするライセンスで公開。
研究・保存目的の利用が広く進みました。
V4はこの範囲に含まれるため、法的には公開の可能性が高いと見られます(最終判断は権利者・保管機関の方針次第)。
ポイント:読めたらすぐ公開ではなく、権利確認・個人データ混入有無の点検・ドキュメント整備を経て、研究コミュニティ(TUHS等)へ段階的にシェアされるのが通例です。
研究者・開発者にとっての中身の価値
- C言語化のディテール
アセンブリからCへ移行する過程で、どの層が、どの順序でCに置換されたのか、低レベルI/Oや割り込み処理にどの程度Cが使われたのか――移植性と保守性を両立する実装判断を一次史料で読み解けます。 - ツール群・手続きの実像
manページのtroffマークアップ、ビルド手順、配布テープの構成などが確認できれば、Research系UNIXの“配り方”がより立体化。
V5/V6やBSDへ波及した作法の源流が見えます。 - ファイルシステム/プロセス機構の遷移点
V4期のファイルシステム微修正やプロセス間機構の変遷を、V3→V4→V5の差分で検証可能に。
UNIX設計原則(小さな部品の組み合わせ)がどの時点でどの程度確立していたかの測量に役立ちます。
実務的ハードル(テープ救出の“あるある”)
- 物理劣化:
粘着化や剥離(いわゆる“スティッキーシェッド”)は古テープの宿命。
温湿度管理やクリーニング、場合によってはベーキング等の前処理が必要。 - フォーマット特定:
9トラックNRZI/PEなど記録方式・密度の当たりをつけ、ヘッドスキュー補正も含めて波形解析パラメータを詰めます。
readtapeは複数方式対応でこの点を下支え。 - 分割と目録:
ファイルマーク単位で分割し、ブートセクタ/アーカイブ形式(tarやar以前の自作形式等)を見極めるアーカイビング作法が問われます。
今後の見どころ
- 読み出し成否と完全性:
「完全コピー」と言えるだけの整合性(欠損・エラー率)が確保できるか。 - 目録化・比較:
既知のV4マニュアル(1973年11月)やnsysソース断片との突き合わせで年代・由来を確定。 - 公開と研究:
CHM/TUHSを経由したデータ・目録・解説の一般公開が実現すれば、UNIX進化史の空白が大きく埋まります。
まとめ
ユタ大学で見つかった「UNIX V4」表記の9トラックテープは、C言語化の起点にあるUNIXの“原石”をまるごと内包している可能性があります。
CHMとBitsaversの実績あるアナログ読取により、半世紀の時を超えた“ソフトウェア考古学”が始まります。
読めた先には、V4配布形態の特定、設計原理の史料補強、そして公開による研究の波及が待っています。
歴史的にも技術的にも、これはUNIX史最大級の発掘案件と言ってよいでしょう。



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