VentureBeatが2025年10月23日に報じた調査では、データエンジニアの77%が「AI導入後の方が業務量が重くなった」と回答しました。
References:VentureBeat
AIは個々の作業を速くする一方で、ツール断片化・統合の複雑性・ガバナンス負債を増やし、現場の負担を押し上げている――これが要旨です。
本稿では報道のポイントを整理しつつ、“重くなるメカニズム”を分解し、改善の具体策まで落とし込みます。
報道の要点
- 調査の出所:
MIT Technology Review InsightsがSnowflakeと共同で400名のシニア技術幹部を対象に実施。77%が「業務量が重い」と回答。
AI系データエンジニアリング・ツールは83%で導入済みだが、統合の複雑性(45%)とツールのスプロール(38%)が支障に。 - 仕事の中身が変化:
2年前はAI案件19%→現在37%→2年後予測61%。
SQLやクラスタ調整中心から、LLM変換パイプラインのデバッグやモデル運用のガバナンス設定へと日常業務自体がシフト。 - 経営層の認識ギャップ:
CDO/CAIOの8割超がデータエンジニアの戦略的重要性を理解する一方、CIOで同意は55%に留まる。
権限・予算不足がツール乱立や運用負債を加速させる温床に。 - エージェントAIの“導入12か月ウィンドウ”:
54%が今後1年で導入予定。
ただし系統だったガバナンスとラインエージ追跡、人的オーバーサイトがなければデータ破損や情報漏えいのリスク。
なぜ楽になるはずが重くなるのか
ツール断片化 → 統合作業の雪だるま化
収集・前処理・分析・LLM推論…工程ごとに別ベンダーのAIツールを足していくと、接続・権限・監視の“糊付け”が爆増。
個別作業は速くても、全体は遅くなる“生産性パラドックス”が起きます。
ガバナンス負債の顕在化
LLM/エージェントを本番運用するには、データ系の権限制御、系譜(lineage)、監査ログ、品質SLOなど非機能要件が必須。
前処理や可観測性の設計までエンジニアの責任範囲が広がり、見えない仕事が積み上がる。
データ基盤の未整備
多くの企業はAI以前のデータ戦略・品質基盤が脆弱なままAIに突入。
結果、データ準備の手戻りで疲弊します。
これは「AI以前の宿題」で、2024年の外部調査でも“土台不足で生成AIに備えられていない企業が多数”と指摘済み。
期待値と現実のギャップ
「AIは魔法ではない」。
現場ではAI出力の検証・手直しに時間がかかり、全社の“期待”増もリクエスト増として跳ね返ります。
AIで仕事が軽くなるどころか“依頼が増える”現象は、一般職種の調査でも観測されています。
データエンジニアの日常はどう変わったか
調査が描く今の現場像は、「SQL→LLMパイプライン」への重心移動です。
- 以前:
クラスタ調整、SQL変換、アナリスト向けデータ整備。 - 今:
LLM変換のデバッグ、RAG/特徴抽出のステージ設計、アクセス制御と監査、PIIマスキング、エージェントの権限境界。
“速い試作”は容易になりましたが、“本番に耐える仕組み化”の難度はむしろ上がっています。
企業側のボトルネック:CIOの視界とスタック設計
報道によれば、CIOの認識が他CxOより保守的で、人と基盤への投資が後手になりがちです。
分断されたツールの寄せ集めは短期の導入実績には見えるものの、保守・権限・監査の“運用税”が後から効いてきます。
「少ないツールで、より広い工程をカバー」する方向に再設計しないと、“恒久的パイロット”に陥るリスクが高い。
いますぐできる打ち手
ツール統合ポリシー
- 原則:
「1プロダクト=1責務」で重複機能を削減。
収集→前処理→特徴抽出→RAG→推論→モニタの最長2〜3製品への集約を目指す。 - チェック表:
接続の数/権限の数/監視ダッシュボードの数を四半期ごとに可視化して削減KPIに。
ガバナンス先置き
- ラインエージ(系譜)とデータアクセスの継承をLLM/エージェントに強制。
人の監督(承認フロー)を推論前/後に挿入。 - ポリシー即コード化(Infrastructure as Code/Policy as Code)で環境差異を減らす。
データSREの設置
- スキーマドリフト検知・失敗時ロールバック・品質SLOを専任ロールが運用。
本番に入るエージェントの監視はこのチームの職掌に。
バックログの価値順並べ替え
- 調査の示唆どおり、技術資格の追加より“事業理解”を優先。
最終利用者の意思決定速度に直結する課題から処理。
導入12か月ウィンドウの段取り
- Q1:ツール棚卸し→統合計画/Q2:ガバナンス基盤(権限・系譜)→PoC/Q3:監視SLO固め→限定本番/Q4:全社ロールアウト。
ケースのイメージ:経理の契約書×売上データを一枚に
報道では、BoxにあるPDF契約書と財務データを1つの基盤に統合し、LLMで照合するワークフローが紹介されています。
従来は人手と時間がかかった処理が、統合基盤+LLMでほぼ即時に。
“速い試作”はこうして実現しますが、本番化には前述のガバナンス要件が欠かせません。
それでも整うとどう変わるか
- リリース速度:
可観測性と権限継承が整うと、新ユースケースの本番化が早まる。 - 品質:
系譜・監査により説明可能性が担保され、監査・法務対応の手戻りが激減。 - 人材:
データエンジニアが“運用係”から“設計者/アーキテクト”へ格上げされ、CxOの認識ギャップも埋まりやすい。
外部文脈から見えること
実は「AIで忙しくなる」現象はデータ職に限りません。
一般従業員でも“AI導入で仕事が増えた”が77%という調査が2024年に出ています。
要するに、AIは仕事を置き換えるより“仕事の総量とスピード”を上げる側面が強い。
土台と設計が前提なのです。
まとめ:「AIを増やす」より、「糊付けを減らす」
- 77%が“忙しくなった”の背景は、ツール断片化とガバナンス負債。
AIが速くしたのは一部工程で、全体最適は逆行しがち。 - 12か月の導入ウィンドウでやるべきは、スタック統合→ガバナンス先置き→人の監督。
これなくしてエージェントAIは“永久PoC化”する。 - データエンジニアの戦略位置づけを上げ、事業理解を優先するチームが勝つ。
“AIを増やすこと”ではなく、“糊付けを減らすこと”が本当の生産性向上への近道です。



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