テック系メディアBoing Boingが、「スーパーマリオ64を“ボタン1つ”でクリアしたスピードランナー」を紹介し話題です。
References:Boing Boing
記事は、レバー(スティック)入力なし、ボタン一つのみという過激な縛りを達成した最新チャレンジを取り上げ、制作者の解説動画は量子力学の講義さながらだと評しています。
本稿では、何が起きているのか、どんな“物理”が利用されているのかを、コミュニティの研究史も交えて噛み砕いて解説します。
速報の要点:ボタンは1つ、スティックは0
Boing Boingによれば、今回の試みは“1ボタン・ノースティック”縛り。
移動・方向転換すらボタンだけでやりくりするため、ゲーム内部の挙動を物理学的に分解し、わずかな入力や地形の傾きを“推進力”へと変換して進みます。
記事は、これを牽引する存在としてYouTuberのpannenkoek2012(マリオ64研究の顔)に言及し、解説動画が実質ミニ講義だと紹介しています。
どうやって動くの?——ゲーム内物理の使い方
コントローラをほぼ使わないのに前進できるのはなぜか。
鍵は、地形・速度・角度・接地判定などの内部パラメータを、フレーム単位(1/30秒)で精密に制御することにあります。
例えば、
・傾斜や段差でわずかな慣性を稼ぐ
・被弾や反動で向き・位置を微調整する
・アニメーションや当たり判定の端数(サブピクセル)を積み上げ、意図したフレームで進む
といった“受動的移動”の組み合わせで、入力ゼロに近い状態でも実用的な移動を作り出します。
これらは長年にわたり「Aボタン・チャレンジ」などで培われた定石の延長にあり、「1ボタン」はその最新形といえます。
なぜ量子物理なのか:比喩としての「並行宇宙」
マリオ64研究では昔から「Parallel Universes(並行宇宙)」という有名な概念が語られてきました。
これは浮動小数点の丸めや座標グリッドの性質により、理論上は“隣の座標格子”に存在していることに等しい挙動が生じる——という比喩的説明です。
0.5回のAボタンで星を回収する伝説級の動画解説でも、“量子”や“並行宇宙”の比喩が登場し、サブピクセル精度の位置取りや速度保存をわかりやすく可視化してきました。
今回の「1ボタン」も、内部数値の“粒度”を読み解くという点で連続線上にあります(※実際に量子現象が起きているわけではなく、高度なアナロジーです)。
コミュニティの系譜:Aボタン→0A→1ボタンへ
マリオ64は世界で最も“分解”されたゲームの一つ。
とりわけAボタン(ジャンプ)をどれだけ使わずに星を集められるかを競う「Aボタン・チャレンジ」は、20年以上の史料・検証・動画が蓄積されています。
2024年には「0回のAボタンでクリアに成功(超長時間構成)」という報告がフォーラムで話題化し、可能性の限界がさらに押し広げられました。
今回の「1ボタン」成果は、そんな極限研究の派生として自然に位置づけられます。
技術の肝:フレーム、端数、そして受動的推進
1ボタンのような極端な制約では、能動的に操作できる自由度が極少です。
そのため、
・1フレーム差で当たり判定が変わる箇所を発見
・壁・床の法線ベクトルを利用して向きだけ変える(移動入力なし)
・被弾→無敵時間→摩擦の少ない材質の並びで“連絡船”のように運ばれる
といった“受動的推進”の重ね掛けが主役になります。
ゲーム外の物理式というより、ゲーム内に実装された物理“もどき”を数学的に読み解く作業で、理論→再現→実演の循環が完成度を高めていきます。
研究としてのスピードラン:学術・文化の視点
外から見ると“遊びの延長”ですが、内部で行われているのは再現実験と論文に近い営みです。
- 仮説の提示(この角度なら押し出しで前進できる)
- ツール支援での検証(TAS的な精密計測)
- 生配信・動画での査読(論点の反証と改良)
こうして「誰でも同じ手順で同じ結果が出るか」が検証され、知識の共有化が進みます。
マリオ64は、人文学やメディア研究からも“最適化の美学”として論じられてきました。
スピードランはゲームを素材にした集合知の実験でもあるのです。
それでも誤解しないために:3つの注意点
- 量子は比喩
“並行宇宙”“量子”という語は内部数値の直観的説明で、物理現象そのものではありません。
丸め誤差や数値格子に由来するゲーム特有の物理です。 - TASと実機の区別
ツール支援(TAS)での検証と実機の人力達成は区別され、カテゴリも厳密に分かれます。
今回Boing Boingが取り上げた流れは、人力実演を伴う挑戦として報告されています。 - “発見→共有→再現”が価値
派手な一発芸ではなく、手順化された知識として残ることがコミュニティの核心です。
解説動画は“学術発表”に近い役割を果たします。
まとめ
1ボタンでマリオ64を動かすという一見無茶な試みは、座標・角度・摩擦・フレームの“見えない数式”を作品化する行為とも言えます。
Boing Boingが強調するように、マリオ64は最も解剖されたゲームであり、限界の先に新しい課題を生み続ける実験場です。
並行宇宙という比喩も、量子という言葉も、内部の数理を人に伝える工夫。
この“学び方”こそ、ゲームが持つもう一つの教育力ではないでしょうか。



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